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平成二十八年一月四日

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紫雲山 瑞聖寺

黄檗宗系単立


縁起

青木甲斐守重兼が開基、黄檗宗を日本に開宗した中国僧隠元の弟子である木庵性滔を開山として寛文10年(1670)創建したといいます。
瑞聖寺の布袋尊は、山手七福神の一つとなっています。

御朱印



「芝區誌」による瑞聖寺の縁起

瑞聖寺 白金臺町一丁目四十一番地
黄檗宗山城宇治萬福寺末で、紫雲山と號する。
同派の東京宗務院であり、関東黄檗派の巨刹と稱せられる。
現在三十五區全體でも、本宗派に属する寺はわづかに十ヶ寺しかないが、本寺は其中の一つである。
寛文十年五代将軍の特旨を奉じ、今の地を相して創建し、翌年六月将軍から當寺を以て一宗の僧統と爲し、特に十萬石の格式を賜はつた。開基を僧瑞山、開山を歸化僧木庵といふ。
二世開山は鐵牛である。
堂後の築山は文化年間の築作で、丘上に石碑がある。
経堂には僧了翁の蔵経が納めてある。
舊堂は屡〃火災にかかつて亡ひ、現存の堂宇は文政年間に建立せられた明式の建築物で、他の宗派の寺院建築とは頗る異つた感じを與へる。
即ち屋根は二重になつて居り、其様式は黄檗派の典型的建築法を採つてゐる。
維新以前は伽藍の壮麗、境内の殷賑、共に見るべきものがあつたが、其後漸く荒廢して、僅かに昔日の面影を残してゐるに過ぎない。
唐僧傳来の白金名物唐豆腐と稱するものが此附近にあつた。(「芝區誌」より)


瑞聖寺所蔵の文化財


瑞聖寺大雄宝殿(国指定重要文化財)
木造釈迦如来及び阿難・迦葉像(港区指定有形文化財)

木造釈迦如来及び阿難・迦葉像 瑞聖寺は、黄檗宗寺院として江戸において初めて建立されたものです。
開基は青木甲斐守重兼で、黄檗宗を日本に開宗した中国僧隠元の弟子である木庵性滔が開山として招請され、寛文11年(1671)に落成しました。
本尊釈迦如来坐像(寄木造)は、体部背面に金泥で記した「寛文十一辛亥」の銘があり、瑞聖寺開山の時の造像であったことがわかります。
また、頭部内刳面に「音羽仏師祐運次郎兵衛」の墨書銘があり、京仏師の作とわかります。
両脇侍の阿難・迦葉立像(寄木造)も、釈迦如来像の一具像として、保存もよく、伝存するのは貴重です。
中国明時代の様式を伝えた、区内における稀有の作例として貴重です。(港区教育委員会掲示より)



目黒通りを西に行くと、シェラトン都ホテル東京がありました。  ホーマットキャピタル
結婚式場 八芳園 ここには来たことがありました。
桑原坂 9時23分 紫雲山 瑞聖禅寺に着きました。
急な坂道を下って行くと小さな祠がありました。
瑞聖子育地蔵尊 鐘楼
以前京都のお寺さんで見たことのある造りの本堂が目の前に現れたので懐かしかったです。
京都の満福寺です。
延寳辛酉吉旦
大 雄 寳 殿
開山木庵銘書
天保四年癸巳
萬 徳 尊
当山廿九代果岳書

 国指定重要文化財(建造物)
  
瑞 聖 寺 大 雄 宝 殿
                        附通用門一棟
                                   指定 平成四年八月十日
 紫雲山瑞聖寺は、江戸で最初の黄檗宗の寺院で、寛文10年(1670)から建設に着手し、翌年諸堂が完成しました。創建伽藍は享保11年(1726)と延享2年(1745)の二回の火災で大きな被害を受けましたが、文化年間(1804~18)に再び整備されました。
 大雄宝殿は黄檗宗寺院の中心的建物で、身舎(もや)の外側に裳階を廻らせ、身舎の屋根は入母屋造、本瓦葺で、寺格にふさわしい雄大な規模を持つ黄檗建築の仏殿です。棟札から宝暦七年(1757)の再建と推定され、その後、何度か修理が行われました。二重屋根の外観や細部意匠に黄檗建築の特徴を保ちながら、組物の簡略化、正面吹放部分の化粧軒裏天井、背面一間通りの吹放、内部の両脇に畳敷床を設けるなどの特徴があり、江戸市中に残された数少ない本格的仏堂建築として貴重な存在です。昭和六十年(1985)から六十三年にかけて解体修理が行われ、仏壇回りを除いて往時の雄大な姿が再現されています。
 
                                  紫雲山 
瑞 聖 寺


 港区指定有形文化財
       彫刻 
木造釈迦如来 及
                     
阿難・迦葉像

 瑞聖寺は、黄檗宗寺院として江戸において初めて建立されたものです。開基は青木甲斐守重兼で、黄檗宗を日本に開宗した中国僧隠元の弟子である木庵性瑫(もくあんしょうとう)が開山として招請され、寛文十一年(1671)に落成しました。
 本尊釈迦如来坐像(寄木造)は、体部背面に金泥で記した「寛文十一辛亥」の銘があり、瑞聖寺開山の時の造像であったことがわかります。また、頭部内刳面に「音羽仏師祐運次郎兵衛」の墨書銘があり、京仏師の作とわかります。
 両脇侍の阿難・迦葉立像(寄木造)も、釈迦如来像の一具像として、保存もよく、伝存するのは貴重です。
 中国明時代の様式を伝えた、区内における稀有の作例として貴重です。

  法 量
   釈迦如来像   像高  七七・四センチメートル
              光背 一四二・○センチメートル
   阿 難 像    像高 一一一・九センチメートル
   迦 葉 像    像高 一○七・七センチメートル
 
   昭和六十三年十月二十六日指定
                           
港 区 教 育 委 員 会
 

雲板         武蔵州紫雲山瑞聖禅寺 住持木庵瑫置  江戸最所山手七福神 布袋尊 紫雲山瑞聖寺
内陣 布袋尊
ここから布袋尊が見られます。  
御本尊 釈迦如来坐像を中心に、両脇侍の阿難・迦葉立像がいらっしゃいます。
國祝 二代七十翁 雲板  寛文十一年正月 吉旦 
報恩堂 本堂の裏に回ってみると
スリッパがあります。今、お坊さんが内陣をお掃除しています。
この敷石には見覚えがあります。京都満福寺で見かけました。
9時過ぎなので寺務所で御朱印を戴きました。  山手七福神のそれぞれのお寺さんのだるまさんです。
布袋尊について
布袋尊は唐の時代に
実在したと言われる
釈契此(しゃくかいし)
という伝説的な仏僧、
弥勒菩薩の化身と
言われています。
布袋尊だるま 瑞聖寺(江戸名所図会)

この図会を見ると
昔の瑞聖寺の伽藍は大きかったんですね。
春の七草 京都の満福寺と同じように床には畳がありません。
ここで毎朝お勤めするには寒いでしょうね。 本堂に一礼して
山門を出て次のお寺さんに向かいました。    昭和十三年建立    紫雲山 瑞聖禅寺